『愛しのローズマリー』は異性を外見で判断しすぎる主人公の“成長”を描いたハートフルなラブコメディです。主人公・ハルの浅薄さに焦点をあてた原題の『Shallow Hal』よりも、邦題の『愛しのローズマリー』のほうが、ハルの変わらぬ思いを表現できていて、題名としてはこちらに軍配があがりそうです。グウィネス・パルトロウはあるとき特殊メイクでローズマリーに扮したまま、バーに出かけたそうですが、周りのあまりにも冷たい視線にショックを受けたといいます。ジャック・ブラックは相変わらず愉快ですね(笑)。
ハルは少年期に父親を亡くしていますが、かれが女性の見た目を偏重するのは、父親からうけたアドバイスが一因かもしれません。父親は少年ハルに言います。「月並みで満足するな。とびきりの美女をモノにせよ」と。ローズマリーと出会う前のハルは、友人のマウリシオと毎夜クラブに出かけ、手当たり次第に美女に声をかけてはフラれるといった有様で、理想が高すぎることがネックになっているのを、本人はまったくわかっていません。勤務先の投資銀行の同僚にも「美女が相手にするほど君はハンサムか」と皮肉られる始末。それでも別段気にとめるようすもなく、フラれてもフラれても声をかけつづけるハルの姿には“執念”のようなものさえ感じます。
ある日、故障でとまったエレベーターの中でたまたま居合わせたセラピストに、催眠術をかけられたことで、ハルは内面の美しさに目を向けるようになり、街角で見かけたローズマリーに一目惚れします。ハルにとって理想の女性だったのです。出会いで多少の誤解はあったものの、ハルの真摯な態度にローズマリーもしだいに心を開いていきます。巨漢のローズマリーに愕然とする友人のマウリシオを尻目に、ローズマリーとデートを重ねるハル。容姿のことをハルにほめられると、気持ちが落ち着かなくなるローズマリー。コンプレックスが原因で対人関係に自信がもてず、それでもハルに愛されたいと願うローズマリーの姿は健気です。マウリシオは親友のハルがどこか遠くの世界にいってしまったような寂しさを感じるのでした。
ハルほどではないにしろ、人が他人を外見で判断しがちなのは否定できません。メディアに美の基準をすりこまれているというセラピストの意見にも、うなずけます。この映画はそんな現代社会への風刺もこめられていますね。映画の後半の見どころは催眠術をとかれた後のハルの変わりようです。ローズマリーの真の姿にショックをうけたハルは大いに悩むのですが、彼女の人間性に惹かれている自分に気づき、それまでの自分の愚かさを恥じます。ハルは催眠術をかけられたことによってローズマリーに出会い、そして催眠術をとかれたことによってそれまでとはちがう別の価値観をもった自分に出会った。そうともいえるのではないでしょうか。
ハルとローズマリーのデートのシーンが印象的です。レストランでスチール製の椅子がぺちゃんこにこわれたり、ローズマリーがプールに飛びこんで盛大な水しぶきがあがったり、そのほかにもありえないことが起こるのですが、嫌味にはなっていません。それは、ローズマリーを見つめる監督(ファレリー兄弟)のあたたかいまなざしを感じるからです。
・愛しのローズマリー@映画生活
